close

公式アプリをダウンロード!

View View

WOW! JAPAN

【最新ガイド】長崎・天草地方の世界遺産群を巡る旅へ出かけよう

2018年7月、ユネスコ世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。今回の記事では、この歴史的な遺産群を巡る際の基礎知識や見所などをご紹介します。

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」とは

17世紀から19世紀にわたり、キリスト教の禁教政策が敷かれていた日本。そのような政策下においても長崎県と熊本県天草地方には密かに信仰を守り伝えた人々がいました。当時「キリシタン」と呼ばれた彼らが潜伏することになったきっかけや、信仰の実践と共同体の維持のために行った試み、そして宣教師との接触により転機を迎え、潜伏が終わるまでを表した12の構成資産がユネスコ世界文化遺産に登録されました。

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」とは

日本人とキリスト教について

キリスト教の伝来

神道や仏教などの宗教が存在していた日本に初めてキリスト教が伝来したのは16世紀半ば。ローマカトリックの一派であるイエズス会の宣教師によって伝えられました。宣教と一体だったポルトガル船との貿易利潤などもあいまって大名から民衆まで信者数は増大。その勢力を恐れた時の権力者・豊臣秀吉は宣教師を国外に追放します。その後江戸幕府を開いた将軍・徳川家康は1614年、全国にキリスト教禁教令を発布しました。

はげしい弾圧

禁教期、幕府は「絵踏(※1)」を用いてキリスト教信徒を摘発したり、宣教師や信徒を処罰するなどの弾圧を行いました。やがて迫害に耐えかねた信徒が幕藩権力に抗戦した「島原・天草一揆」も勃発。幕府はこの一揆をきっかけに、宣教師潜入の可能性のあるポルトガル船の来航禁止や、海禁体制(※2)の確立を行い、国内宣教師の不在という状況をもたらしました。

(※1)イエス・キリストやマリアの像、絵を踏ませる方法。踏むことを拒んだり、ためらったりした者を信徒として処罰した
(※2)外国との貿易を禁ずる政策

解かれた禁教

やがて幕府が倒れ、明治政府が発足されてもなお厳しい禁教は続きましたが、その行いに海外からの抗議が殺到。1873年、262年ぶりに禁教令が解かれ、日本におけるキリスト教信仰の自由が回復したのです。

長崎と天草地方について

当時は宣教師を乗せてくる船の寄港地であった長崎と天草地方。他の地域に比べて集中的に宣教活動が行われ、長期にわたり宣教師の指導を受けた土地でした。そのため信徒が強固な共同体を形成し、禁教後も密かに信仰を実践していく基礎となったのです。

12の構成資産から代表的な6つをご紹介

原城跡(南島原市)

「島原・天草一揆(1637年)」の主戦場跡地。16歳の青年・益田四郎(別名:天草四郎)を総大将として、数万人のキリシタンや農民がこの地で幕府軍と戦い、命を落としました。この一揆をきっかけにキリシタンが潜伏することとなり、自分たちで密かに信仰を続ける方法を模索することを余儀なくされたのです。原城本丸にある益田四郎の像など多くの見所があります。

原城跡(南島原市)

長崎県南島原市南有馬町

平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳(やすまんだけ))(平戸市)

潜伏キリシタンが何を拝むことで信仰を実践したのかを示す4つの集落のうちの1つ。美しい棚田の里として知られる「春日集落」のキリシタンは、禁教初期にキリシタンの処刑が行われた島「中江ノ島」を殉教地として拝むとともに、キリスト教伝来以前から信仰の対象だった「安満岳」も併せて拝むことにより信仰を実践していました。16世紀当時の景観がそのまま残る貴重なエリアです。

平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳(やすまんだけ))(平戸市)

長崎県平戸市春日町

天草の﨑津集落(熊本県天草市)

こちらも潜伏キリシタンが何を拝むことで信仰を実践したのかを示す4つの集落のうちの1つ。禁教期、この集落の潜伏キリシタンは身近なものを信心具として代用していました。例えば、アワビの貝殻の模様を聖母マリアに見立てて拝むなど、彼らの生業であった漁業と信仰が結びついていることが特徴です。集落には禁教期に絵踏が行われていた場所(吉田庄屋役宅跡)に1934年に建造された「﨑津教会」など多数の見所があります。

天草の﨑津集落(熊本県天草市)

熊本県天草市河浦町崎津539

野崎島の集落跡(北松浦郡)

潜伏キリシタンが信仰の共同体を維持するにあたり、どのような場所を移住先として選んだのかを示す4つの集落のうちの1つ。この集落の潜伏キリシタンは、神道が根付いていた野崎島に開拓移住しました。この島には「沖ノ神嶋神社(おきのこうじまじんじゃ)」の神官と氏子しか人が住んでいなかったため移住の適地と判断。神社の氏子として信仰をカモフラージュしながら密かに共同体を維持したのです。1882年建造の「旧野首教会」などが見所。

野崎島の集落跡(北松浦郡)

長崎県北松浦郡小値賀町野崎島

奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)(五島市)

禁教期の移住により集落が形成され、解禁後に潜伏が終わったことを可視的に示す構成資産です。19世紀、潜伏キリシタンはこの島の人里離れた谷間に移住。密かに信仰を続け、解禁後はカトリックに復帰。1918年に地勢に適応した教会堂「江上天主堂」を建てたのです。この教会堂は、建築意匠などの風土的特徴と、西洋的特徴などが融合している点において、潜伏に転機が訪れ、終焉を迎えたことを端的に表しています。

奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)(五島市)

長崎県五島市奈留町大串1131-2

大浦天主堂(長崎市)

何をきっかけとして潜伏が終わったのかを示す構成資産です。国内現存最古の教会として知られる国宝「大浦天主堂」は1864年、禁教令下にありながらフランス人のために建てられたもの。当時珍しかったこの西洋風の建物を見物に来る客にまぎれ、浦上地域の潜伏キリシタンも天主堂を訪れました。そして聖堂内で祈る神父に近づき、信仰を告白。これが約2世紀ぶりの宣教師との接触であり、潜伏が終わるきっかけとなった歴史に名高い「信徒発見」です。

拝観料(大浦天主堂キリシタン博物館入館料を含む):大人1,000円、中高生400円、小学生300円

大浦天主堂(長崎市)

長崎県長崎市南山手町5-3

アクセス方法

いずれのエリアにも、まずは長崎空港をめざし、そこからJR長崎駅や佐世保駅などに向かう方法が一般的。そこからはバス・鉄道・フェリーなどを利用しましょう。各主要都市から長崎駅までの所要時間の目安は以下です。

東京から飛行機+バスで約2時間30分
大阪から飛行機+バスで約2時間
福岡からJR特急かもめで約2時間など

各教会の見学を希望する場合は事前連絡が必要ですのでご注意ください(「大浦天主堂」の見学は事前連絡不要)。

※本記事の情報は執筆時または公開時のものであり、最新の情報とは異なる可能性がありますのでご注意ください。

おすすめ記事

WOW! JAPANをフォローする
ガイドブックには載ってない?見てるときっと日本に行きたくなる。
WOW!な観光情報を日々更新中!